庭に埋めてもらえるのは勲章
大学の校友会幹部の忘年会が終わり、帰りのタクシーの中で支部長との会話。
支部長:「村山先生とこのワンちゃんは元気ですか?」
私:  「ウン、お陰様で。」
彼も私と同様、犬を飼っているのだ。
支部長:「ペットって死んだらどうするんですか? いろんな葬儀屋さんがあるし、ペットの共同墓地とかもありますよね。」
私:  「そーだね〜。先ず、ペットの死という現実を強い心で受け止め、そんな時こそ、楽しかった想い出などを笑顔で語りあいたいよね。決して、ああすれば良かった、こうするんじゃなかった、などと後悔をしてはいけない。ペットが家族と共に過ごしていた時に常に嬉しかった事は「家族の笑顔」だったはず。
映画の「ある愛の歌」でも言っていたでしょ…、
『Love means never having to say you're sorry.(愛とは決して後悔しないこと)』ってね。
ペット葬儀屋さんで火葬にしてもらうが、葬儀屋さんによっては歯や骨の一部を形見として、おしゃれなアクセサリー様の筒に入れてくれるサービスをしてくれるようだ。でも、私はそういうことは望まない。そんな形で想いをいつまでも引きずると、ペットの魂が飼い主の近くでさまよい続けてしまうという可哀想なことになるからね。
 
だから、私だったら、火葬後の骨拾いは念には念を入れて粉末さえも残さないように骨壺にいれる。骨壺はしばらくは家の仏壇の近くに置いておく。もちろん仏壇の中には入れない。1ヶ月くらいして家族の気持ちが落ち着いたら、お骨は庭に穴を掘って埋めます。
土に還すのが目的だから、骨壺からお骨を出して埋めます。
身体は小ちゃくても、彼なりに家を守るつもりで生きてきました。だから、ペットにとっては庭に埋められるのは「勲章」なんだって。
『おまえが楽しく暮らしところはここなんだよ。』と語りかけながら埋めてあげます。
 
土を戻したら、目印に石でものせます。お骨に魂が宿っている訳ではなく、すでにただの物質。だから名前などを彫った墓標を置く必要はない。いつかはその家も無くなったりするかもしれないけれど、ただの物質になって土に還ったのだから、それはどうでも良いことです。
命日にお墓にお参りなんかをする必要もない。たまに思い出して懐かしんであげよう。
そういう理由で私はペット霊園やお寺のペット永代供養などにはあまり関心がないです。

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犬や猫の輪廻転生は意外と早く、犬は1年、猫は半年ぐらいしたら生まれ変わるらしい(『想いを引きずってはいけない』と書いた一番の理由ね)。
これを教えてくれた知人は、可愛がっていた猫が死んで半年くらい経ったある日、子猫がひょいと目の前に現れ、『あ!〇〇ちゃんの生まれ変わりだ。」と瞬時に分かったと云う。『そんなのはペットの喪失感による思い込みであり、非科学的だよ。』と言う人がいるかもしれない。
しかし、本人の錯覚なのか、事実かを判断する事は不可能でありナンセンスだよね。『本人の錯覚』であるとする科学的な根拠は存在しないのだから…。
私はペットの死後について、色々な説を総合して、この考えを信じている。」
 
支部長:「庭に埋めてもらえるのは勲章なのかあ…。いい話を聞かせていただきました。」
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# by murayama-incho | 2013-01-06 17:03
ムラヤマ歯科のCTスキャン
歯科用CTスキャンは、一度の撮影で、水平・垂直・斜めなどの画像を3次元画像として見る事ができます。
CTがもたらす情報は、これまでの歯科治療を大きく変えるものです。
撮影は、通常検査でわずか8.9秒。放射線量は格段に抑えられ(医科用CTの10%未満)、患者さんには疲労を与えません。
これまで大きな病院にしか無かったCTが、ムラヤマ歯科で撮影できるようになりました。
CTによる情報は治療計画、治療、手術、手術後のケアなど幅広く応用し、治療の安全性を飛躍的に高めています。
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# by murayama-incho | 2012-09-07 15:11
永年勤務者の表彰式をおこないました。
10月13日(木)はムラヤマ歯科は休診で医院の定例研修会の日でした。
この日は勉強会に先立って永年勤務者の表彰式をおこないました。

今回の該当者は6名で、20年以上が1名,10年以上が5名です。
上の写真は前夜に準備した表彰状に落款(らっかん)を捺印し、乾くのを待っているところです。
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表彰状の他に金一封と記念品の贈呈をおこない、研修会終了後に最後は記念撮影をおこないました。
(実際にはあと4人いるのですが,彼女らは外部の研修に参加しています。)
現在のムラヤマ歯科は平成元年に移転開設以来、医療機械の設備投資なども常に怠らず進化させてきていますが、しかし、当院が最も自信を持っているところは経験豊富なスタッフを擁していることです。
これからも研鑽をおこたることなく精進していきますので、よろしくお願いいたします。
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# by murayama-incho | 2011-11-21 12:12
登山におけるセカンド‐ウインド 【second wind】
セカンドウィンドとは長距離のランニングで、走りだして15分ぐらいたつと心拍数や血圧が安定して楽になる状態をいいます。ランニングに限らず激しい持続的な運動中に起こります。さっきまで走っていて苦しかったのが、続けていくと体が楽になる状態を体感することがあります。これがセカンドウィンドと呼ばれる現象です。

8月5日(金)から6日(土)にかけて、藤の木小学校の立山登山の引率に参加してきました。昨年の同登山のあとに「もう私の同行は不要だと思います。」とお断りしていたのですが、「是非に」といわれ、私にお声を掛けてくださることは大変光栄なことだと思い、今年も参加させていただきました。

小学校の授業の一環として立山登山に参加する児童の中には「楽しみにしている」子もいれば、「山なんか登りたくない」という子供も大勢います。体力がなく、山への興味もまだ無い子にとっては、マラソンと同じように山登りも苦痛なものとなるのは容易に想像できます。

そういう子供たちに私たちが教えたいのがこの「セカンド‐ウインド」だと思います。

second windが来るために大切なことは、この15分から20分を自分のペース(決して他人のペースに乗せられないことが重要)で無理なく、休まずに運動を持続させることです。

このペースは当然のことながら個人差があり、自分の力量以上に頑張りすぎるとセカンドウィンドが来る前にへばって動けなくなります。
「もう、これ以上は登れない。」、「休みたい。」と思っても、とにかく休みたいのを我慢して半歩ずつでもいいから登り続ければ途中から楽になります。
今年も新しい発見や感動がありました。参加して良かったと心から感じています。
来年も立山登山の引率の依頼があれば、一人でも多くの子供に素晴らしい体験をさせてあげたいものです。
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# by murayama-incho | 2011-08-28 10:40
東北大震災
すっかりブログの更新が止まってしまいました。
 日頃、取引しているインプラントメーカーの関係者から、思いがけなく「ブログを楽しみにしていますよ。」と言われ、ようやく意を決して書くことにした(大袈裟だね)。
 そもそもは今年の正月に観た古いイタリア映画について、「もう2月だから早くブログを書かなきゃ」と思っていたところ、2月22日にニュージーランドの最大都市クライストチャーチでM6.3の強い地震が発生し、よりによって大勢の若い富山県人が亡くなってしまった。
 当院の患者さんの中にも「亡くなった○○さんは友人です。」と言う人がいたし、知り合いの歯科医師も「まだ安否不明の○△さんは患者さんなのよ。」と話していた。
亡くなった学生さんたちは向学心に燃え、そして、彼らのご家族や知り合いも「ニュージーランドなら安心。」と明るい希望と共に海外へ行く彼らを見送ったのではないだろうか。私も娘をオーストラリアへ留学に出した経験があるので、とても他人事とは思えなかった。
 そして、同じ月の28日に北アルプス剱岳で訓練していた富山県警山岳警備隊員3人がなだれに巻き込まれ、一人の隊員が亡くなるという事故が起こった。数年前から登山のベテランである友人の手ほどきを受けて山登りを始め、「遭難者を救助せよ! 富山県警山岳警備隊 極限の任務に立ち向かう男たち(細井勝 著)」という書籍も愛読していた私にとって、いわば全国でもトップレベルと言われている富山県の山岳のプロ中のプロが遭難したことに大変な衝撃を受けた。
 「富山県が全国的な話題に上ることは滅多に無いことなのに、立て続けにこんな重大な事件が起こるなんて…」と、とても嫌な感じがしていたところへ、3月11日に東北で大震災が起きた。
 ちょうどこの瞬間、ムラヤマ歯科は診療中でした。揺れている最中にインカムで一斉に「治療中のユニットを起こし、患者さんたちには全員、待合室で待機していただくよう。」に指示しました。急いでテレビを付けたところ、「宮城県震度7」という速報が出ていました。
 震源地が富山から遠く離れていることが分かったので、もう一度診療室に入っていただいて治療を再開しました。その後、テレビから流れてくる映像は本当に想像を絶する息を呑むような光景でした。

 大震災からちょうど1週間後に私は救援物資を車に積んで、一人で仙台へ行ってきました。
仙台には知人が多く住んでいるからですが、私が行ったところはいわゆる被災地ではありませんでしたが、逆に被災地ではないために救援体制から完全に放っておかれた状態で、ライフラインが止まっていました。
仙台市内のガソリンスタンドも営業しておらず、ガソリンが無いので人々は町へ買い物も行けない状態だったのです。

 3月17日に診療が終わってから出発し、富山から北陸自動車道で新潟の最終料金所で降りて、あとは一般道路で山形市内、天童市内を経由し、片道7時間以上をかけて深夜の1時頃に仙台入りした。
震災後1週間が経過しているので、途中の道は隣県である山形県からの大勢の応援で渋滞するに違いないと予想していましたが、意外なことに山形市内のコンビニ等はすべて閉まっており、道を走る車も少なく、幹線道路沿いは暗くひっそりしていました。山形県でも車で移動するために必要なガソリンの供給が途絶えていたのです。
途中、長蛇の車列がヘッドライトに照らし出されました。初めは一瞬、渋滞かと早とちりしましたが、それにしてはどの車もヘッドライトを消しており、少し様子が変でした。その列の先頭まで走ってみて、ようやく、先頭が真っ暗なガソリンスタンドの前で停まっていることが分かりました。翌朝のガソリンスタンドの開店を前の晩から徹夜で待っている人たちの車でした。まだ夜間は寒い季節なのにエンジンを切り、無灯火で多くの車が数珠つなぎになっている光景は不吉な感じのする気味の悪いものでした。そんな異様な光景を各所で見かけました。

 事前に連絡すると心配すると思い、サプライズで行ったため、皆に驚き喜ばれ抱きつかれました。
 それにしても、翌朝の仙台の震度3の余震の強さには驚きました。同じ震度3といっても富山で感ずる震度3とは揺れ方が全然違うのです。
私がしばらく住んでいたことのある場所だし、もっと中心部まで行って、東北大学の関係者や友人たちに会いたいという衝動に駆られましたが、道路の規制状況が分からず、帰りの燃料も心配なのでやめました。

 大震災のことについては亡くなられた方々のご冥福を祈ることと被災地の復興を願うこと以外に書くことは出来ません。ただ、私は日頃、「明日も今日の延長のように続いていく。」と、何となく確信めいた思いを持って生きていましたが、本当に明日は分からないものだとつくづく反省しています。

 マスコミでも報じられているように被災地の方々はとても立派に生きています。日本人としてとても誇らしくもあります。広範囲な被災地の復興には日本の景気浮揚がとても重要であることは言うまでもありません。
これからは、私たちも死にものぐるいで働いて日本の景気を支えていかなければならないでしょう。
戦後の復興を牽引した私たちの父母の時代がそうだったように…。
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# by murayama-incho | 2011-07-09 16:56